2016年10月20日

電通新入社員自殺、「死ぬくらいなら辞めればよかった」が絶対に誤りである理由。

こんばんは、マスラオです。
記事にするのは止めようと思っていたのですが、
どうしても気になったので、記事にします。

電通新入社員自殺、「死ぬくらいなら辞めればよかった」が絶対に誤りである理由。
(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
⇒ http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161012-00010000-scafe-bus_all

まず、名前を出していることに関しては、敬意を表したいと思います。

ただ、中身に関しては納得できません。
それはあまりにも上っ面で、社会の上澄みだけの意見であり、
人を生きづらくしている意見だと思うからです。

>本件についてはさまざまな議論がなされているが、「自殺するくらいなら、
>その前に会社を辞めればよかった」という意見が多数みられた。
>一見正論とも捉えられそうなこの意見は妥当なのだろうか。
>最初に見解を述べれば、筆者はこの意見には反対であり、明確に否定する。

>本件においても、そもそも「このまま働いたら命を落とす」という冷静な判断が
>できたのか、といえば、恐らく困難であったと推察されよう(だからこそ、
>結果として不幸にも命を落としてしまった)。「死ぬくらいなら辞めればよい」
>というのは、結論から見た空しいロジックである、と言わざるを得ない。

正直笑いました。このロジックに。

このまま働いたら命を落とすという冷静な判断ができたのか?
という問いは、自殺以外であればわかります。
自殺でなければ、働いて命を落とすなんて、考えもしないでしょう。

でも、自分で死を選ぶというのは、選択肢です。
ですから、辞めればいいというのも選択肢であり、空しいロジックでも
何でもない。

>本件については上司からのパワハラ的な発言もあったと報道されている。
>本稿で言いたいことは、「死ぬ前に辞めればよかった」という意見は、
>つまるところ問題の責任を当事者個人に押し付けるものであり大変危険だ、ということだ。

ここも笑いました。

死ぬ前に辞めればいいんですよ。当事者個人に責任を押し付けるのではなく、
会社に責任を押し付けて。

当事者の方が、責任を感じ過ぎてしまったから、自殺を選んだのでしょう。

電通という会社に入るぐらいですから、能力は間違いなく高いはずです。
おそらく真面目な方だったとも思います。だから、本当に残念でなりません。

>業務が要因となり社員が命を絶った。会社が漫然と社員を死に追いやってしまった、
>といわれても抗弁のしようもあるまい。会社側には心から、心から反省し、
>このような悲劇を繰り返さぬよう、問題発生の分析と対処をお願いしたい。

自殺者が出るたびに、社会が悪いと言っている人みたいですね。
そんなすぐに会社が変われるならば、日本全国のサラリーマンは
苦労しませんよ。

後藤さんが言っているのは、
「悪いのは、100%会社なんだから、『死ぬくらいならば辞めればよかった』
 は絶対に誤りだ」ということです。

でも、それは今、苦しんでいる人には何の役にも立ちません。
10年後ぐらいであれば、期待できるかもしれませんが。
そう考えると、戯言としか思えません。

「誰やどこに責任があるか?」という善悪二元論による犯人捜しを
している内は、何にも解決はできません。

苦しいことも、辛いこともたくさんあるでしょう。
そりゃ、生きていますから。

行き詰って、他に道がないように見えるかもしれませんが、
自分が思いもよらない道が必ずあります。
そのことを知っておいてください。

世の中って、自分が頭で考えるよりも、はるかにはるかに大きいですよ。
人間が生きるって、就職先でうまくやることがすべてではありません。

会社を辞めて、うまく行っている人はたくさんいますよ。
その事は知っておいてくださいね。


ラベル:電通
posted by マスラオ at 00:43| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月17日

寂聴氏「お心を傷つけた方々には、心底お詫び」

こんばんは、マスラオです。
仏門に入っている人って、もっと考えれるイメージがあるのですが・・・。

寂聴氏「お心を傷つけた方々には、心底お詫び」
⇒ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161014-00000000-jct-soci

>問題だとされた「殺したがるばかども」という表現について、
>「今もなお死刑制度を続けている国家や、現政府に対してのものだった」と説明。

死刑制度を続けている国家が、何を担保に続けているのか?というのが重要で、
例えば、日本国民の多くが、死刑制度に反対していて、今にも変えて欲しいと
言っているのにも関わらず、現政府が変えないのであれば、まだわかります。

でも、2015年に報道された内閣府の世論調査では、

「死刑制度」容認80%超 否定派を大幅に上回る 内閣府世論調査
⇒ http://www.sankei.com/affairs/news/150124/afr1501240022-n1.html

という結果。また、被害者の方も死刑制度を維持する国家の考えを
支持している場合が多いと思います。

ですから、この僧侶コスプレの人は、80%の人を


   「殺しているばかども」


と呼んでいるわけです。

>「発言の流れからしても『バカども』は当然、被害者のことではないと聞けるはずである。
>でなければ、言葉に敏感な弁護士たちが、そのまま流すはずはないだろう。

弁護士にも責任を振るのが、「らしい」ですね。

>これまでも私は文学者としても出家者としても被害者のために論じ、行動してきている。
>過去の私の言行を調べてくれればわかるはずである」

いやいや、この人の発言は、ある特定の思想のために、論じ行動してきています。
しかも、調べなくても、すでに出ていますし、これからも出てきます。



ラベル:寂聴
posted by マスラオ at 01:49| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月11日

日弁連が謝罪…瀬戸内さん「殺したがるばかども」発言で「被害者への配慮なかった」

こんにちは、マスラオです。
少し前の記事ですが、

日弁連が謝罪…瀬戸内さん「殺したがるばかども」発言で「被害者への配慮なかった」
⇒ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161007-00000535-san-soci

>作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(94)が、日本弁護士連合会のシンポジウムに寄せた
>ビデオメッセージで死刑制度を批判し、「殺したがるばかどもと戦ってください」と
>発言したことについて、日弁連は7日、福井市内で開いた人権擁護大会の中で
>「犯罪被害者への配慮がなかったことは、おわび申し上げる」と謝罪した。

日弁連の発言は、「自分達が加害者になった時の準備」という視点で見ると、
かなりスンナリ理解できます。過去もそうだし、これからもその視点で見てください。
すごくわかりやすいです。

そして、加害者になると、おそらくわかっているんだと思います。
何に対してかはわかりませんよ(笑)
⇒ 余命三年時事日記 外患誘致罪


それにしても、この僧侶コスプレのサヨクにはあきれますね。
僧侶が、「戦ってください」と激を飛ばす。

信長時代の本願寺みたいですね。

瀬戸内さんの発言をみる時は、民進党、社民党、共産党、日米安保の時の
学生運動とひとくくりにしてみると、しっくりきます。

あくまでも、僧侶はコスプレであり、商売のための手段にしか過ぎないので、
加味しないように。まだまだこの人の洗脳されたアピールは続きます。

あ、日弁連は加害者の人権だけを考えて、被害者や被害者遺族の人権を
考えていないのは、あなたが感じる通りです。これまでも、これからも。
posted by マスラオ at 11:28| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする